高野長峰霊場
06高野長峰霊場
かつて、平安時代に弘法大師が高野山を開山して以来、多くの人々に高野信仰が広まりました。
そこに至る道の一つとして、現在の国道370号は高野西街道と呼ばれ参拝する人々が往来してしました。
平安時代後期、高野山寺領の末寺として寳琳山観藏寺の名で開基されました。室町時代後期には、浄土宗や浄土真宗の浸透で、約一世紀にわたり占領され、その後桃山時代から高野山領に復しました。
明治39年に大師寺と合併し、名を「大観寺」と改め現在に至っています。
<御誓願> 無病息災
御本尊の薬師如来は、約千二百年前に天台山慈覺大師が「甌穴」の神秘にうたれ、仏像を刻み安置されたものです。
本堂は鎌倉時代の初めに創建され、織田信長の焼き討ちにより一度は焼失しましたが、その後快応和尚により再建され、現在に至ります。
<御誓願> 眼病
御本尊の十一面観世音菩薩は聖徳太子作とも伝えられ、脇仏に四天王を配します。
弘法大師が高野山を開創後、高野山の末寺として高野の西を治めていました。当事は約17の堂塔で七堂伽藍を有していましたが、度重なる戦乱と災害により現在の佇まいとなっています。
<御誓願> 開運厄除
明恵上人が熊野詣で高野山への巡錫中、自作の持念仏である薬師如来像を草庵に安置したのが始まりとされています。
また、寺号の「玉泉寺」は、近くに弘法大師由来の冷水井戸があり、庶民の生活を潤してきたことが起源とされています。
<御誓願> 子安・安産
近郷の人達から大御堂とよばれている本堂は、その佇まい、スケールにおいては野上谷第一であり、千手観世音菩薩を御本尊としています。
桜の名所でもあり、四季折々の自然の美しい変化に恵まれ、訪れる人の気持ちを清々しく、明るくし、心を和ませ癒します。
<御誓願> 抜苦・安心
御本尊の不動明王は、大日如来の使者で大きな岩の上に立ち、右手に剣、左手に索を持ち、体全体にまとった火焔で衆生の罪障や難障を焼き尽くすといわれています。
また堂内には十二世紀後半の作と見られる阿弥陀如来像も安置されており、和歌山県の指定文化財になっています。
<御誓願> 手・足




